フェンリル

別のとこで書いたものをこちらに移して行く方式にしました。

2話:後悔

明かりを灯す。ランプの中で炎が揺らめく。

木の洞の中はとても薄暗い。ゆえに外からはほとんど見えない。

 

火を灯したのはシキミと名乗る子。金髪で目が赤い、俺と同じくらいの歳の女の子だ。

「座って。さっき言ってた話、聞いていい?」

不思議な光景だ。さっきまで変な輩に追いかけられていて、命を奪われてしまうかもしれない極地に立たされていたのに今は灯りの前に座って、俺は他愛ない話をしようとする。

正直、彼女が自分と同じぐらいのヒトと出会ったことがなかったというのは、こちらも同じ話だ。だがら妙に緊張する。

「うん、もちろん。とりあえずまずは礼を言いたい、ありがとう。

俺、アルファって言うんだ。アルフでいいよ。君は確か…シキミって言うんだよね。なんて呼べばいい?」

「…シキって呼ばれているから、シキ」

「じゃあ改めてシキ、何処から話せばいいかな」

「どこから来たの?ってさっき言ったけど、本当に何処から来たの。ここはヒューゲルの森だよ、周りにはアイスベルク、ラケルタくらいしかない。アイスベルクは寒くて到底人が住めるようなところではないし、ラケルタには子供どころか人さえほとんどいないんだ。それが周りにあるこの森だって、人なんて…ほとんどいないはず。なのに何故、…アルフはここにいるの?」

「…そこは今は伏せていていいかな、逆に気になるのは人さえほとんどいないこの森に、どうしてシキもいるんだ?」

「…」

 

黙り込んでしまった。悪い事を聞いたか、いや、正直な感想である。

シキがいることにより俺の命も助かったわけだが、どうして人間がいないというこの森に彼女もいるのか、そこが疑問。

「…私はラケルタでひとり隠れて生きていたの。隠れないと、捕まっちゃうかもしれないから。人間の子供は珍しいからね。でも隠れているだけだと、生きていけない。ヒューゲルの森は生き物がたくさんいる…だからここに、いつも食べ物を取りにてるの。今日も食べ物を取りに来たのだけれど、嫌な鳴き声が聞こえて、見に行ったらそこで人が倒れてて…それが貴方、アルフだった」

驚いた。そんな世界でひとりで生きていたのか。あんな物騒な輩がうろついている中、シキは今まで大丈夫だったのだろうか。…鳴き声って、さっきの輩が乗っていたトリの鳴き声か。何とも複雑な気分。助けられたのか、危なかったのか。

 「その鳴き声、知ってるの?」

「もちろん。バンディートの乗る鳥の鳴き声だよ。その鳴き声が聞こえたら気をつけて。そこに彼らがいるって分かるから」

バンディート?知らない名前…とにかくさっきのがそういわれているのか…

「そうだ、俺そのヒトに追いかけられて、ここに来たんだ。もしかしたら違うかもしれないけど…さっきの質問、俺はマーニってとこから来た。アイスベルクを越えてここまで。マーニが奴らみたいな輩で滅ぼされてしまったんだ。それでここまではるばる逃げて来た。…そのことについて知ってる?」

シキは驚いた顔をした。周りに誰もいないにもかかわらず見回す。

「それ、なんで言ってしまったの」

「?違かったかな?」

「そうじゃない、その通りなの。あいつらはバンディート、色々な種族を滅ぼしたり売り飛ばしたりする種族狩り。…でも、なんでそんな大切なことを、こんな会って間もない私に言ってしまったの?私がどんな人かもわからないのに。あいつらは確かに数年前、マーニの地方で一族をさらったり殺したりして、滅ぼしたって報道されていた。でも、生きて今自由に動いているその一族がいたなんて誰も知らない、もし悪い人の耳に入ったら多くの輩に狙われていたのかもしれないんだよ」

すこし心配そうにシキは話す。

「それはこっちこそ同じ事を言いたかったよ。誰にもばれないように、今まで隠れて生きてきたんだろ?大切なことなのは、同じさ」

そう、お互い様である。最初は言ったらどうなるかわからないから伏せてはおいたのだが、なんでもシキがあんな話をすれば、こちらも言えてしまう。等価交換みたいなものだ。

「あと、見ず知らずの俺のことを助けてくれる人なんてそういないだろう。ヒトは珍しいんだろ?もし悪い奴なら、俺を捕まえてたと思うし」

なるほど、とシキは頷く。はんば恥ずかしげである。



「そうだ、思ったんだけど。俺、ずっと一人だったから一緒にいられるような仲間が欲しいなあって思ってたんだ。それでなんだけど、その、俺ここらへんの事も知らないし、せっかく出会えたんだし、恩返しもしたいし…一緒に行動して欲しいなーって」

実際同じような人に出会えたのは初めてであり、心細いひとりぼっちの旅は正直滅入っていた。この子もひとりだったのなら、一緒にいて悪いことはない。


はずだった。


「悪いけど」

「私が、私がアルフと一緒にいたら、きっとあなたは不幸になる。まだ私のことは全て言ってない。それは多分、話せば全ての人が私の元を離れるようなこと。アルフと出会えてすごい嬉しかったし悪い人じゃないからこのままずっと話していたかったけど、私にはその資格がないんだ」

状況、空気が一気に変わった。シキの目から光が消える。

話してない?話せば離れること?

種族的な問題の話か、と思ったがどうもそのようには見えない顔をしている。

冷たい表情の裏には悲しみがこもった目をしていた。何か言えないことがあるのかもしれない。けれど、今深追いすれば余計頑なにさせそうだ。

「…無理だってこと?」

「ごめん」

「どうしても?」

「どうしても」

「考え直すのは?」

「…」

俺も俺でなかなかしつこいのは承知しているけれど、女の子ひとりでこのまま放っておいていいわけがない。何を抱えているのかはわからないが、ずっとひとりでつらいのは俺だってわかる。



「日がくれるまでそのことを話すかどうか、…決める。だから、もう、行って」

「…わかった、でもどこに戻ればいい?」

「ここ」

「OK、じゃあしっかり戻ってくるよ」

そう言いながら立ち上がる。

「じゃあ、それまで買い物をしたいな。シキ、ラケルタってとこに住んでるんだよね?そこで服とかもボロボロだし買い換えたい。方角どっちかわかるかい」

「南」

「ありがとう、じゃあ、行くよ。今日は本当に助かった。いい報告を待ってる」

洞穴から出るとき、ふと後ろを振り返ったがシキは重そうにうつむいたままである。なにか言いたげだが、なにも話さなかった。





「…くそ…!」

まともに話したのは何年ぶりか、まともに名前を呼んでもらえたのも何年ぶりか。シキは遠くなっていくアルフの背中を見てはそう考えていた。頭の中は後悔なのかなんなのかよくわからない気持ちでいっぱいだった。


仲間が欲しかった。シキもその気持ちは同じだったが、どうしても了解をしようとする自分が許せなかった。仲間を持つこと自体が罪なのだ、という言葉が頭をよぎる。しかしなにもあんなことを言うことはないじゃないか。その度にシキの顔は暗く、冷たくなっていった。

「…ごめんなさい…」

1話:疾走

「やばい、見つかった」

 
生い茂った草むらをかき分けて俺はただひたすらに太陽の昇っている方へと走った。ザザザ、と草を蹴散らして全力で走る。どのくらい走ったのだろうか。後ろを見ると、遠くにこちらへ走ってくる奴がいた。そいつは妙なゴーグルをつけたでかいドードーのような鳥、それとその上に乗るマントを身につけた男だった。
彼の姿には見覚えがある。数年前、故郷を襲った輩と似ている格好、乗っている生き物。それとすごく似ているのだ。仲間や友人が皆殺され捕まえられ、連れ去られた忌まわしい過去なのだが。
しかしもしそれが該当するのならば、やばい。故郷を襲った奴だ、もしかしたら、身元が分かり次第俺のことも捉えるつもりなのかもしれない。
どんな手を使うかはわからないから尚更危険である。
 
 
 
……!!!
 
 
 
走った先にたどり着いたのは空…いや、崖だ、かなり深い。下を少し覗くとごつごつと上を向く岩肌が見えた。その下は…茂みがある。
 
…深く悩んだ。落ちたら…俺は死ぬのか、怪我で済むのか。たとえ落ちて生きていても奴が降りてくるかもしれない。どうする…?
 
そう考えているうちにドタドタとした足音はすぐ近くまで来ていた。
…悩んでいる暇はなかった。
 
 
俺は崖の下へと飛び降りた。風が頬を切るように鋭く過ぎてゆく。頭が割れるような、嫌な頭痛がした。
 
 
 
 
 
 
「……」
ドードーのような鳥に跨る一人の男が崖の前で止まった。
下を覗く。深い。人が落ちたらまず助からない深さだ。
彼はじっと下を見つめる。ただひたすら見つめた後、腰あたりから黒い小型の機械を取り出す。コツ、と軽い音がした。
 
 
「こちらバンディート・キドナップ。ヒューゲルの森にて一名、並の人間でない男を発見 …はい、わかりました。直ちに捜索します」
ザザ、と鳴る無線機に男は一言こう言ってすぐさま鞭を叩く。大きなドードーのような鳥はグワー!と鳴いた後、大きく回ってその崖を離れて行った。
 
 
 
 
 
 
 
「いて…」
足から着地したようだが、頭と背中を打ったらしい。足も頭も背も、全てが裂けるように痛い。ズキズキした痛みの中、とりあえずは『逃げ切れた』ことに安堵した。
 
しかし動けない。困った。
もし回り込まれて奴が来てしまってはここまで頑張った意味がない。
 
「くそ…」どうにか立ち上がろうとするが、荷物があるからかどうもバランスが取れなくて、立てない。そもそも痛い。
 
ああ、あと少し経ってしまえば俺は捕まるのだろうな…と考えながら大の字になり、空を眺めた。気持ちの悪いくらい青い。それがこの、なんとも言えない倦怠感というか、妙な諦めを生んでいるのか。しかし、いくらか気分がよくなっている気がした。
先ほど飛び降りたであろう崖がとても遠くに見えた。あんなとこから降りたらそりゃ、身体は痛めるなあ。あ、何か鳴いた。


空を仰いで少し経ち、ザザザ、と草の踏み分ける音が聞こえた。いよいよ奴が来たか、俺はもうここで捕まるのか。何をされるんだろう。奴隷か、実験か、と、ひたすらつまらないことを頭の中で考えているその時、そいつが発した一言で遮られた。 
 
 
「大丈夫?」
 
 
 
 
俺の中では、こう、ドスのきいた男の低い声で「残念だったな」とか、「死ね」とか、「立て」とか、とにかく聞き心地の悪い言葉が聞こえてくるものだと思っていたからなんというか、唖然とした。
聞こえてきたのはやや高い女性特有の声と少し幼げな言い方の言葉で、慌てて体を起こしてその顔を見ようとしたが痛みで起き上がれなかった。
 
「ああ…?な、誰?」
 
コミュニケーション能力がここまで低くなったのかと思うような第一声である。最悪だ。女性であろうヒトに大丈夫?と声をかけてもらったのにこの言い方はマズイ。俺こんなにぶっきらぼうな話し方はしないはずなんだけどなあ。
いや、数年間俺は一人で生きてきたからしょうがないだろう、とでも言いたいがそれはこっちの都合だ。どうしよう、と顔をひたすら青くして俺はそれからなにも喋れずにいた。
 
間が少し空いて相手は口を開いた。
「私はシキミ。驚かせちゃったら、ゴメン。…どこから来たの?全然見ない顔だし、第一私と同じくらいのヒトを見たことなんてなかったから…」
声がわずかに震えている。顔は見えない。落ち着いている口調のように聞こえるものの、どこか不自然な感じである。最初は気づかなかったが、どうやらシキミと名乗るその子は俺に怯えているのか。
「…い、いや大丈夫、ちょっと驚いたけど俺もさっき色々あって…」
言葉がつっかかりながらやっとうまく話せたが、彼女の表情は伺えない。
「!そうだ、さっき追いかけられていたんだ、君もここにいたら危な…いッ…」
身体が痛くて、起き上がろうとしても動けない。しかし、ここで留まっていては奴がきっと来るだろう。とにかく逃げたほうがいい、と声を出そうとした時、急に身体が軽くなった。
「足とか怪我してる、というよりは全体的にボロボロ…何があったの?追いかけられているとか、ここにいたら危ないとか、全然よくわからないけど… …私に何かできることはある?」
彼女が身体を起こしてくれたようだ。ハッとして振り返る。そういえばまだ、顔を見ていなかったのだ。
 
急に目が合って、彼女は驚き俺の近くから離れてしまった。しかしその時初めて彼女の顔を見た。瞳は赤く、髪は金髪っぽい。少し強気そうな面持ちのように見えるが、どこか不安そうな顔をしていて、やはり俺に怯えている様子だ。
「ありがとう、大丈夫だよ。もし手を貸してくれるのなら、そうだな…どこか隠れられるところに案内してくれるかい?」
彼女は黙って頷いた。
そして力を振り絞って彼女の案内について行った。申し訳ないと思いつつ、荷物も持ってもらえたためなんとか歩けた。
 
 
少し茂みが深くなり、木がたくさん生えているところに来た。きっと来た道は短いのだろうが、身体が痛くてうまく動かせない俺にとっては一日中歩いた気分である。着いた、と言われたところは大木以外何もない。「もしかして、木に登る感じかな?」恐る恐る聞く。実際かなり心配な話である。木登りできる体力は、今持っていない。
「違うよ、ここに隠れるところがある」
彼女が大木の前に茂っている草をどかすと、木のほらがそこにあった。人が五人くらい入っても良さそうなくらい大きな、余裕のある洞穴だ。
すごいな、全然気づかなかった。心の中で思いつつ、彼女に従い中の洞穴に隠れた。
 

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